映画・テレビ

2010年2月11日 (木)

『ゴールデンスランバー』という映画を観ました

 先日、少しの時間を使って、上記の映画を観てきました。 主人公役は、堺雅人。 監督は、中村義洋。『チーム・バチスタの栄光』『ジェネラル・ルージュの凱旋』を撮った人。

 この『ジェネラル・・・』の主演も堺氏で、非常に気に入りました。

 さて、本映画の内容は、首相殺しの汚名を背負った男の逃走劇です。作者は、伊坂幸太郎。 

 先日は、この人の『重力ピエロ』を観ました。(なんとも重たい話でしたが、現代が抱える痛みが伝わる映画でした。)

 演技で印象に残ったのは、『北の国から』の吉岡君。少ない出番なのですが、すごくいい演技をしていました。事態を受け入れられない主人公に必死になって言い聞かせる姿、その汗が感じられ、見ているこちらも本当に息苦しくなるほどでした。

 そして、エンディング・テーマの斉藤和義の『幸福な朝食 退屈な夕食』が本当にはまっていました。

 http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND38662/index.html

 それ以外は、竹内結子が年齢に応じて髪の長さが違うのですが、それで印象が変わるのが、女性の不思議(適切な言い方かわかりませんが)を感じました。

 追伸:あまりに個人的な、しかも作品の内容を伝えられない断片的なブログになったので少し無理やりですが、政治的なことで考えたこと書きます。

 暗殺された首相は、風貌的には横浜市長をしていた中田氏(思想的にはかなり私とは違いますが)みたいな40代のスマートなはきはき物申すタイプ。 そして、語っていたのは、「脱アメリカ」。

 こうした姿勢に旧態依然とした親米保守政治家が反発し、起こしたのがこの暗殺事件だったようです。

 きっと現実の日本国民の中にも、「脱アメリカ」はいつか言わなければならない言葉と思っている人はたくさんいるんじゃないでしょうか。
 

 しかし、それは、「パンドラの箱」という思いがあるんではないかな。 真剣にそのことを考えれば、そのための行動がいる。 しかし、そんなリスクは起こしたくない。 でも、本当にこれでいいのだろうか。 口には出さずともこうした思いがあるのでは、と考えてしましました。

 首相のイメージを前述したのは、その悩みを一気に解決してくれる新時代のリーダーを求める気持ちに沿いすぎている気がしたからで、そこにも少しひっかかりを感じたからです。 小泉劇場は、日本の行き詰まりをラディカルな指導者が壊してくれることを期待し、かつ思考をとめたところに特徴がありました。

 伊坂氏の作品に『魔王』というものがあります。 私はそのマンガ版しか目にしたことはありませんが、そこでは、扇動的な指導者が世界を作り変えて行きます。主人公は、それと対決します。 

 日本共産党は、「脱アメリカ」:安保条約から友好条約への転換を掲げています。しかし、スマートでも、勢いがあるとも思われていません。 それが良いわけではないのですが、日本国民を説得していく努力を愚直さとともに持ち続けることはどうしても民主主義という点からも必要だと思います。 

 

 

 

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